17/3/11 飯舘村犬猫レポート3 マメの家
「みー」ちゃんの家へ。
冬毛ボサボサ、お腹ペコペコで迎えてくれました。
納屋の改修がが進められていました。
家族は帰村するのかもしれません。
しばしなでたり抱っこしたり。
「うた」ちゃんの家へ。
ご家族が一時帰宅しているのではと、ご挨拶がてら「うたもどき」くんに会いに来ましたが、ご家族もうたもどきくんも不在。
「葉たばこ」と呼ばれる餌場へ。
何度か会ったことのあるサビ猫が、警戒心露わに歓迎してくれました。
「カンナ」ちゃんの故郷「工務店」。
1月にキジトラ猫を目撃しました。
朝、飯舘村の犬猫給餌に奔走し続ける「日比」さん連絡すると、カラス害の酷い餌場「ご老公」宅のボックス改良グッズを求めてホームセンターに出向いているとのことでした。
ここのボックスはカラスに荒らされ、猫があまり近づけないほど。
三毛猫が一匹姿を見せてくれました、ちゃんとではありませんけど。
三毛猫が3匹かな、茶トラ2匹、キジトラもいます。
「石材店」
この餌場を頼りにしていた猫が、後日保護されました。
ここは補給停止になるようです。
「シロ」宅。
おしゃれミケ。
無愛想茶白。途中皿を階下に落としのを拾ってあげました。
「小春の家」
母屋は解体されるそうで、納屋に作られた新しい餌場。
常連だったサビ猫と三毛猫は、保護されました。
そして、見ておかなければならない場所「マメの家」へ。
マメは今、東京で新しい家族と暮らしています。
2014年冬に怪我をきっかけに保護されたマメ。その後、人のいない村にマメを戻すのは忍びないと、ご主人が手放す決心をされました。
そして、2017年3月に日比さんのブログに記された「病に倒れた老夫婦二人の世帯、帰村されることはなく、このまま廃屋となるのだろう」。
飯舘村にいた当時のマメは、人を待ちわびていました。
ご主人の傍らには、マメがいました。
なにもなければ、老夫婦と猫のいつも通りの時間が流れていたはずです。
奪われたものは戻らない。ばか。
「ムク」の家では、黒猫に会いました。
「ゲート前」はひっそり。
目と鼻の先は、帰還困難区域です。しかし避難指示解除対象です。
テレビモニタの向こう側は、お決まりのお祭り。
飯舘村は夕暮れました、地図から消えた世界のように。
最後に寄った「お富士さんの餌場」では、「といちゃん」と「とにちゃん」が待っていました。
僕はここにいるよ。
3.11後は現在進行形。
アンダーコントロールされているのは私たち。
終わり
上村さんは動物の写真も素晴らしいけど文章も素晴らしいどちらも寄り添うように表現される。
とても胸に沁みてくる。
いつもありがとう。
切なさ、憤り、やるせなさ、悲しさ、悔しさ、、、、
そういう想いがレポートに見える感じがします。
>奪われたものは戻らない。ばか。
ここでこらえきれず、涙が。
私が泣いても仕様がないのですが、
同じ想いがありました。
想いを福島の犬猫や自然や普通の人々に向けて
時々、空を見て、つぶやいてしまう自分が居ます。
ばかっ。それは愚かなヒト(自分も含めて)に
対してのばかっ。国会中継で見る幼稚な先生方に対してのばかっ。
数々の、小さな幸せが、普通の生活が、
奪われたのに、
私たちは何をやっているのでしょう、、、。
コツコツ自分がコレだと思うことをがんばるしかないのですけど。
レポートありがとうございました。
まだまだたくさんのネコたちが、ねことるさんを待っているんですねえ….せつない。
3・11は現在進行形、ほんとうにそうですね。
福島で、東京電力….(我が家は昨年から、パルシステムの電気を使用)、場所を提供したばかりに故郷を追われ、避難生活を強いられ、「自主避難」は、自己責任だなんて、まったくもって許せない。
人間だけではない動物たちの営みも還してほしいと心から思います。