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17/1/1 飯舘村犬猫レポート3 静寂

 

原発被災地・福島県飯舘村に残された犬猫に元旦に会いに行ってきたレポート3・完結編です。
「17/1/1 飯舘村犬猫レポート1 待ちわびる猫」
「17/1/1 飯舘村犬猫レポート2 犬・白猫銀座・太陽」

 

『花卉農家さん』
飼い猫の「ヒゲ」ちゃんが縁側に佇んでいました。
以前は飼い猫4匹、居付き猫2匹ほどが姿を見せていました。

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敷地内に新しい建物が作られていました。
以前、ご主人に伺ったお話が印象に残っています。

「避難先で花の栽培を再開したのは、村に戻れたら震災前の暮らしを取り戻し、他の村民が希望を持てるようにしたいから。しかし、事業再開の費用負担は少なからずあり、収支は厳しい。村で事業を再開する時も同じようになるとしたら、村に戻って生活を再建するのも辛いし、かといって今のまま避難生活を続けるのも辛い」。

750万円を上限とした福島県の営農再開助成金があり、またメガソーラー発電の収益も地域の営農再開の資金にも充てられていくものと思います。
国の避難解除決定の是非は別にして、営農再開を目指す方たちが充分な支援を得られるのを切に願います。

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『みーの家』
日比さんのブログで、長い坂を下り出迎える「みー」の姿を何度も目にしています。
人と暮らしていた猫ゆえに、独りの時間はより辛いと思います。
お腹をすかせて待っていました。
ウェットフードと焼きかつお、更にドライフードを貪りました。

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ウェットフード2皿目もペロリ。おやつも支給。
ご飯やおやつに目を輝かせる様は、家の猫と何も変わりません。

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なんとか彼女のお腹だけは満たすことができました。

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『石材店』
飼い猫の白猫は既に保護され、居付いた野良猫のために餌場が残されています。
ここでも保護が進められています。
給餌ボックスに野生動物が侵入しているため、フードが残り少なくなっていました。

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『ご老公』と呼ばれる餌場には、かつて10を超える猫たちが暮らしていました。
震災後生まれの猫たち、警戒心が強くなかなか姿を捉えられません。
この日は3匹の猫を目にしましたが、何匹が生き残っているか定かではありません。

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偵察役と呼ばれている茶トラくん。おそらく食いしん坊ゆえに、先頭を切っているのだと思われます。中心にパーツの集まったなかなかのハンサム。

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ずんぐりキジトラ。ずんぐりは寒さゆえに脂肪を蓄えたため。

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除染で放射線量は半減してはいるものの、数値は低いとは言い難いです。
東京はだいたい「0.10マイクロシーベルト/h」程度です。

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『カンナの家』
「カンナ」ちゃんを保護したのが2015年2月でした。
材木にちょこんと座り迎えてくれた姿が思い出されます。
ここに居たときは触れなかったカンナちゃん、今では生まれつきの飼い猫であるかのように、飼い主さんにベッタリ。

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キジ白猫が姿を見せました。警戒心は強いですが、人の訪問を心待ちにしてくれているようです。

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日没が迫っていましたが、南部の蕨平地区へも足を伸ばしました。
ここは汚染が酷く、避難解除後も住人は戻らないと聞いています。
それを見越してか昨年より放射性廃棄物の焼却施設が稼働しており、元旦から作業員の姿を目にしました。

 

『ラビの家』
「ラビ」という猫が保護された場所。建物も餌場も姿を消していました。縁の下は猫たちのねぐらでした。ここで暮らしていた猫たちは、保護されたり周辺の餌場に移動したようです。ラビの子供と思われる猫がまだ残っています。

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『栗の碑』
餌場の回りは放射性廃棄物の山。

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フードは充分に残っていました。猫がお腹を満たせているのは救いです。しかし、これから先も人が戻らない土地で、猫は何のために生きているのか。野生動物、暑さと寒さ、放射能など、彼らにあるのは脅威ばかり、外で暮らす猫たちは刻一刻と消耗しています。
僕は猫の幸せは人との暮らしにあると考えています。人と暮らす猫たちが見せる豊かな感情を、ここで暮らす猫たちも秘めているはずです。

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『イチローの家』
猿の群れが走り去っていきました。山深く人がほとんど寄り付かないこの土地は、すでに野生に飲み込まれているのかもしれません。
ここで生きていた猫は、ボランティアが保護を試みていましたがうまくいかず、最近では姿が確認されていません。

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村内を100Kmほど走りましたが、見かけた村民はわずか。新年の祝賀ムードとは無縁の静寂に包まれていました。

飯舘村は3月に避難解除されます。復興に向けた動きも目にしましたが、その道程は長く平坦ではないと改めて感じました。
レポートの最初でも触れましたが、住居や農地の除染はほぼ終わったものの放射性物質は確実に残っています。そして、村の75%を占める山林は除染方法さえ決まっていません。230万超のフレコンバックが村内に留まり、行き先の中間貯蔵施設は未完成です。
村民の帰村への不安は根強いです。
営農再開も簡単ではないと思います。収穫までこぎつけ、放射性物質検査で基準を満たしたとしても、市場では全国の産地との競争にさらされます。
政府には被災地に寄り添った政策をお願いしたいです。
その為にも、私たちは被災地に関心を持ち続けなければと思います。

そして、2000の孤独な夜を重ねてきた飯舘村で暮らす犬と猫たちの状況は、避難解除となっても劇的に改善とはならないと思います。
この先も、彼らには多くの方の優しい手が必要と感じました。

また近いうちに飯舘村の犬猫に会いに行きます。
長文にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

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おわり

17/1/1 飯舘村犬猫レポート2 犬・白猫銀座・太陽

 

今年3月に避難解除される原発被災地・福島県飯舘村。
避難から6年目の元旦、現地に残された犬猫に会いに行ってきました。
「17/1/1 飯舘村犬猫レポート1 待ちわびる猫」はこちらです。

 

『太郎の家』
かつては、犬の「太郎」と猫が10匹以上暮らしていた家です。
昨年訪れた時、解体中だった母屋は新築されていました。猫たちがねぐらにしていた納屋も解体されましたが、それに合わせて多くの猫が保護されました。

「わかったよ、ちょっと待って」

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散歩。派手に散らかしました。

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その辺をひとまわり程度でしたが、少しは楽しんでくれたようです。

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今飯舘村で暮らす犬は、6年近くほとんど鎖につながれて過ごしたことになります。

環境省は「災害時におけるペット の救護対策ガイドライン」でペットの同行避難を推奨していますが、ガイドラインは文字通り指針であり、強制力のある法律ではありません。
また、災害時の対応は市区町村に委ねられ、ペットの避難はあくまでも飼い主の責任でと謳われています。

飯舘村のケースでは、ペット同伴での仮設住宅への入居が認められなかったこと、狭小な仮設住宅では中型犬以上や多頭の飼育は現実的ではなかった、などの声を耳にしました。
避難後に作り上げた生活を、途中で変えるのは簡単ではないと思います。災害時ペットを守るのは飼い主の責任だとしても、ペットの同居を前提とした避難住宅の設置を義務付けるなど法改正があってもいいのではないかと感じます。

 

 

『親子猫西』と呼ばれる餌場は、すべての猫が保護され閉鎖されました。
震災後、ここではたくさんの白猫が生まれました。野良猫である彼らの命はボランティアによりつながれてきました。

2015年1月
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2017年1月
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このお宅も解体される予定と聞いています。

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『親子猫東』で、私は「米太郎」「いね(現ゆき)」の二匹の白猫を保護しました。
ここでも震災後に白猫が多く生まれ、隣の親子猫西とあわせて白猫銀座と呼ばれていました。
彼らが身を潜めていた納屋はリフォームされ、餌場は別の場所に移動されていました。
まだ、いね(現ゆき)に似た白猫が残っています。

2015年2月・いね
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2017年1月
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餌場のあるお宅の目の前の風景。元は田んぼだった場所です。

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近所で農作物の汚染を測る実験用の畑を目にしました。
フレコンバックの山、土壌汚染、消費者の不安。
避難解除となっても、農業を生業とする村民には、放射能の壁が立ちはだかるのは間違いありません。

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『チーズの家』
洋風顔の「チーズ」くんは暇そうにしていましたが、人が来ると慌ただしくなります。
おやつを貪り、ご飯をねだり、リードを目にすればまだつなぎ変えてないのに散歩に出発しようとします。
チーズもまた、鎖の長さの世界でいつ来るかわからない人を待って6年近い時間を過ごしてきました。

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地味に散らかしました。

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もうちょっと遠くまで行きたいワン

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チーズの家の農地もフレコンバックに覆われていました。

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『クーの家』
グレーの猫が保護され、残るは黒猫のみと聞きました。猫の姿はなくフードを補充。

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リフォームされた母屋はひっそり。

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『さくらの丘』
黒猫が山から降りてきて、頭隠して尻隠さずでウェットフードを貪る。
僕が到着するとすぐに、彼の催促が響き渡りました。人が来るのを待っていたのでしょうね。

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安全確認。

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丘を下ると黒光りする海原。
飯舘村と民間企業が合同で開発したメガソーラー発電施設。夏には稼働をはじめ、この先20年東北電力への売電で収益を上げる計画。収益の一部は地域の営農再開に充てる計画のようです。

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美しい里山にはあまりに似つかわしくない光景に、心が揺れました。
村内には他にもいくつかメガソーラー施設が作られています。避難解除となっても、かつての美しい田園風景を取り戻すには、数十年の時間が必要と行政も考えていることの現れと感じました。
飯舘村に降り注いだ放射性物質の半分は半減期30年のセシウム137と言われ、山林除染の方法は決まってもいません。
今年3月に飯舘村の避難指示は解除されます。翌年には賠償が打ち切られます。
農業人口が決して少なくない飯舘村、復興の2文字はまだまだボヤけていると感じます。
住民や行政も、村の未来をうまく描けていないのではないかと想像します。
改めて原子力災害によるダメージの深さを思わずにはいられません。

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つづく⇒「17/1/1 飯舘村犬猫レポート3 静寂」

 

17/1/1 飯舘村犬猫レポート1 待ちわびる猫

 

あけましておめでとうございます。

時速100キロで年をまたぎ、元旦は原発被災地・福島県飯舘村(いいたてむら)で暮らす犬猫たちに会いに行ってきました。
東日本大震災、福島第1原発事故から6年目のお正月、飯舘村の住人は避難したままです。
村の様子はどんなだろうか?自分の目で見て、心と体で感じてみたいと思いました。

 

朝一番、村の北部にある「虎捕山津見神社」(とらとりやまつみじんじゃ)へお参りに。
2013年に火事で拝殿が消失、2015年に再建。昨年、東京藝術大学の学生たちがオオカミの天井絵を復元したことがニュースになっていました。
早朝のため参拝客はまばらでしたが、お参りをする方たちの姿は、飯舘村で目にしたはじめてのごく当たり前の光景だったかもしれません。

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凍結のためノロノロ運転をしていると、村の中心部近くで空が明るくなってきました。

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自分の頭の整理のために、簡単に飯舘村の状況をまとめます。

宅地、農地等の除染はほぼ終わり、村内各所に積み上げられた放射性物質の入ったフレコンバックは230万個を超えます。将来は村から運び出されますが、行き先である福島原発近隣の中間貯蔵施設はまだ出来上がっていません。
今年3月に飯舘村は、一部の地域を除き避難指示が解除されます。しかし、除染で放射線量が下がったとはいえ人が安心して住めるまでになっていない場所が大部分と感じます。
2015年12月に復興庁が行った調査では、避難指示解除後に村に戻りたい(将来的な希望も含む)と考えている世帯は32.8%(未回答含む全世帯で見ると15%程度)。
戻らないとした方のほぼ半数は、山林河川の未除染と放射線量が低下していない不安を、帰村しない理由にあげています。
この調査結果を見る限り、避難解除は時期尚早、国の決定に住人の意向が反映されたとは感じられません。

▽調査結果簡易版
「住民意向調査速報版(川内村、飯舘村、双葉町)の公表について」(復興庁)
▽調査結果詳細
「飯舘村 住民意向調査 報告書」(復興庁・福島県・飯舘村)

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前回、僕が村を訪れたのは昨年2月。その時、村に1000回以上通っているボランティアの「日比」さんに伺った猫たちを取り巻く状況は以下でした。

・家屋解体によって野良猫たちの棲家が失われている。
・帰還に向け住環境整備を進める住人から、野良猫の餌場の撤去要請が増えている。
・飼い主の帰宅頻度減少によって、飼い猫のQOLが下がっている。

その後も、猫たちにとって厳しい状況は続いています。ねぐらと餌場を失った猫を保護しようとボランティアの方たちが動き、昨年10月から12月に保護された猫は70を超えます。
この日も、日比さんご夫妻と「一般社団法人民間災害時動物救済本部(CDCA)」のnatsumintさんと岸本さんが、給餌に保護にと奔走されていました。

この動きに合わせ、猫たちの保護先が求められています。

【緊急】!猫の保護先 緊急大募集!【拡散希望】(福猫舎のブログより)

僕も飯舘村で猫を保護し譲渡した経験があります。
どの猫も今や人の家族として宝物のように輝いています。
まだ飯舘村に残っている猫たちも、同じ魅力を秘めているのは間違いありません。
猫の世界を変えられる力を私たちは持っています。
上記、福猫舎ブログにぜひ目を通してみて下さい。

 

 

さて、初日の出を写真に収めた僕は、「うた」ちゃんの家を訪れました。
今は「うたモドキ」くんが居着いています。姿を現さなかったため、また後で立ち寄ることに。
それにしても寒い・・・・・・

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飼い主の避難後4年、うたちゃんはこの地で生き抜きました。そして、今は新しい家族と暮らしています。
しばし、回想。

2014年12月撮影
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『サロン』と呼ばれる餌場へ。
餌場のあった牛舎がまるごと無くなっていました。猫は姿を見せず。
アライグマかアナグマかわかりませんが、給餌ボックスがひとつ荒らされていました。

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『葉たばこ』と呼ばれる餌場。
「ご飯来ましたよ」
ひっそり佇む餌台に話しかけていると・・・・・・

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「ギャアー」
「富士子」と「コテツ(元雷蔵)」のお母さんキジトラ。
確か以前は人の姿を見ると走り去ってしまう猫だったはず。
人との距離をだいぶ縮めてくれたんですね。
そう言えば、この子には名前が付いていないような気がします。
たば子、葉子、ハコ・・・・・・いいのを思いついたら日比さんに申請してみようかと思います。

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表情も感情も豊かですね。

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抱きついてくるのか?

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スキを見て撫でようと試みましたが、僕のリーチを完全に見切られました。

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触りたくなりますよね。

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そぉーっと近づきましたが、すぐバレました。
パウチ2袋と焼きかつおをたいらげ、満足そうに見えたキジトラ母でした。
気丈そうに見えますが、彼女が人の訪問を楽しみにしているのは間違いなさそうです。

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『小春の家』

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サビ猫と三毛猫が棲み着いている餌場。
ドライフードを補充していると、カラスの鳴き声が響き渡ります。

猫たちはまだ夢の中かなと思っていたら、とっくにスタンバイしていました。
物静かなサビ猫。

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陽気そうな三毛猫。
少し近づいただけでダッシュで逃走していた記憶。しかし、この日は望遠レンズの前とは言え、リラックスした姿を見せてくれました。

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墨の入れ方を失敗した風。

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わざわざ飛び猫、避ければいいのに。

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この餌場では、過去に怪我をして亡くなった猫がいます。
愛嬌の塊に魅入っていると、ふと現実を忘れてしまう瞬間があります。
しかし、この地は今日会えた命に、次にまた会える補償のない世界です。
久しぶりに訪れた飯舘村では、相変わらず猫たちは人の訪問を待ちわびていました。

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つづく⇒「17/1/1 飯舘村犬猫レポート2 犬・白猫銀座・太陽」