シマジローとサイちゃん

 

色々書くべきことがありますが、ひとまず脇に。

2017年11月9日未明に我が家にチェックインした福島県飯舘村で保護された2匹の猫のお話を。

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「シマジロー」
飯舘村では「シマ」あるいは「ムギ」と呼ばれていました。
家にはすでに「むぎ」がいますし、シマの2文字では名は体を表すには至らず。
人なつっこさ、飄々とした様、アピールの強さ、食欲など各種スペックが、明らからに縞々柄だからシマに収まりきらず、イチローでもサブローでもないなんとなく漂うジロー感をプラスしました。

 

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「サイちゃん」
飯舘村では完全野良猫にジャンル分けされていた彼女。名前はずっとありませんでした。
僕は「クロ(仮)」としていました。しかし、彼女もまた黒いからクロには収まりきらない良い味を、家に来てからの短期間に見せてくれました。
人なつっこく食いしん坊、撫でられるのが最上の喜び。そんな彼女ですが常に静か。シマジローより数段慎重派の彼女は、まだ多くの時間を3段ケージの最上階で過ごしています。
たいへん静かなので、こちらから出向いて彼女の撫でて欲しい欲求を察知しなければなりません。なんてかわいらしい女の子なんでしょうか。
“サイレント(silent)・・・無音、静か”

 

まとめると「2匹とも人なれしているし、あんたもよく知った猫でしょうから」という理由で、「福猫舎(ふくねこや)」の「犬班A。」氏に預かりとして白羽の矢を立てられた私。
まぁたしかに顔見知りだし、自分以外に目を向ける余力が久しぶりに持てた時期でもありますし、シマジローとサイちゃんには家を仮の棲家としてもらうことに決めました。

結果として、こんなに良い猫2匹と過ごす時間をもらえたことに感謝しています。
彼らを保護してくださった「CDCAnatsumint隊」。
そして、彼らの初期医療を施してくださった福猫舎の犬班A。さんに感謝いたします。
ありがとうございました。

 

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11月8日夕方、郡山市「丘の上ペットクリニック」にて。

 

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シマジロー鳴く。

 

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サイちゃんそおっと。

 

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家に来て2週間。ケージ生活からスタートしてあっさりトイレをマスターした2匹。
今はケージを餌場と寝床にしつつ6畳ほどの部屋で過ごしています。
環境の変化への戸惑いも徐々に消え、リラックスした姿を見せる頻度が増えています。
体調も安定していますし、まずは家猫としての暮らしに馴染む訓練を上手にこなしているように見えます。

シマジローは鳴き、サイちゃんはそおっと過ごす日々。
もう少ししたら里親募集をはじめます。

 

写真展『Call my name 原発被災地の犬猫たち』in ねこ専・渋谷

久しぶりの写真展示のお知らせです。

ネコ写真家の合同写真展「ねこ専」(主催 五十嵐健太さん)にて、

『Call my name 原発被災地の犬猫たち』

の展示をします。
福島県の原発被災地、主に飯舘村で出会った犬と猫の写真を24枚。

2014年、浅草の「ギャラリー・エフ」さんで開催して以来のCall my name。

「放射能汚染の影響で、全村民が避難した福島県飯舘村には、およそ200の犬と400の猫が取り残され飼い主の帰りを待っています」
ニュースでは数字に置き換えられてしまう犬猫たち。しかし、その一頭一頭には名前があり、家族との暮らしがありました。

展示の最初に伝えたい言葉は、2014年と変わりません。

時間がたち、私たちの記憶は薄れつづけています。
しかし、現地で生きる犬猫には、ずっと現実です。
そして、彼らは私たちの家族である犬猫と同じいのちです。
このまま通り過ぎるには、あまりにも多くのものが失われ続けています。

今回の展示が、ひとりでも多くの方に届き、いのちや原発について改めて考え行動するきっかけにしていただければ、うれしく思います。

 

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猫の合同写真展 ねこ専

日程:2017年7月4日(火)から16日(日)※10日(月)休み
時間:11時から19時(最終日は17時まで)
場所:ギャラリールデコ 3階・4階
東京都渋谷区渋谷3-16-3
入場料:300円

 

■上村在廊予定日
7月
4日(火)・5日(水)・8日(土)15時頃~・9日(日)
11日(火)・12日(水)・13日(木)・15日(土)・16日(日)

しばらく仕事以外で人に会う機会もなく、引きこもっていたので、久しぶりにみなさまと会えるのを楽しみにしております。
ご来場を心よりお待ちしております。

 

17/3/11 飯舘村犬猫レポート3 マメの家

 

「みー」ちゃんの家へ。
冬毛ボサボサ、お腹ペコペコで迎えてくれました。
納屋の改修がが進められていました。
家族は帰村するのかもしれません。
しばしなでたり抱っこしたり。

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「うた」ちゃんの家へ。
ご家族が一時帰宅しているのではと、ご挨拶がてら「うたもどき」くんに会いに来ましたが、ご家族もうたもどきくんも不在。

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「葉たばこ」と呼ばれる餌場へ。
何度か会ったことのあるサビ猫が、警戒心露わに歓迎してくれました。

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「カンナ」ちゃんの故郷「工務店」。
1月にキジトラ猫を目撃しました。

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朝、飯舘村の犬猫給餌に奔走し続ける「日比」さん連絡すると、カラス害の酷い餌場「ご老公」宅のボックス改良グッズを求めてホームセンターに出向いているとのことでした。

ここのボックスはカラスに荒らされ、猫があまり近づけないほど。

三毛猫が一匹姿を見せてくれました、ちゃんとではありませんけど。
三毛猫が3匹かな、茶トラ2匹、キジトラもいます。

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「石材店」
この餌場を頼りにしていた猫が、後日保護されました。
ここは補給停止になるようです。

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「シロ」宅。

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おしゃれミケ。

 

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無愛想茶白。途中皿を階下に落としのを拾ってあげました。

 

 

「小春の家」
母屋は解体されるそうで、納屋に作られた新しい餌場。
常連だったサビ猫と三毛猫は、保護されました。

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そして、見ておかなければならない場所「マメの家」へ。

マメは今、東京で新しい家族と暮らしています。
2014年冬に怪我をきっかけに保護されたマメ。その後、人のいない村にマメを戻すのは忍びないと、ご主人が手放す決心をされました。

そして、2017年3月に日比さんのブログに記された「病に倒れた老夫婦二人の世帯、帰村されることはなく、このまま廃屋となるのだろう」。

 

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飯舘村にいた当時のマメは、人を待ちわびていました。

 

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ご主人の傍らには、マメがいました。

 

 

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なにもなければ、老夫婦と猫のいつも通りの時間が流れていたはずです。

奪われたものは戻らない。ばか。

 

 

「ムク」の家では、黒猫に会いました。

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「ゲート前」はひっそり。
目と鼻の先は、帰還困難区域です。しかし避難指示解除対象です。

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テレビモニタの向こう側は、お決まりのお祭り。
飯舘村は夕暮れました、地図から消えた世界のように。

 

 

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最後に寄った「お富士さんの餌場」では、「といちゃん」と「とにちゃん」が待っていました。

僕はここにいるよ。

 

3.11後は現在進行形。
アンダーコントロールされているのは私たち。

 

終わり

 

17/3/11 飯舘村犬猫レポート2 きぼうの花

 

「タロウ」の家にやってきました。
3年ほど前はじめて会った頃は「噛む犬タロウ」でしたが、今や「キャンキャン」甘えてきます。
母屋の新築工事が続いていました。
もうすぐ家族との暮らしが再開するのかもしれません。

二桁いた猫は、家屋解体の前に次々と保護されました。
数匹が残っているものと思われ、猫の給餌台は残されています。

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親子猫東と呼ばれるお宅へ。
2015年に保護した「米太郎」「ゆき(いね)」の故郷です。
「ここに戻って、100まで生きるのが目標」
当時70代後半のご主人が笑顔で話してくれました。
除染が本格的に進みはじめ、帰村の二文字が現実味を帯び始めた頃でした。

この日、ご主人に再会。
猫を気にかけ、給餌台にフードの補充をしてくれています。
避難指示解除後には、息子さんとともに帰村するそうです。
「畑が元に戻るには30年50年かかるだろう。それまで俺は生きていないだろう」
「荒らしておくのも嫌だから畑はきれいにしてるけど、戻ってきても何も作れないだろう」
笑顔は消えていました。

できることなら故郷に帰りたい、しかしどう生計を立てていくのか。
帰村が現実となった今、元の暮らしを取り戻す難しさが住人の前に立ちはだかっています。

村民への補償は2018年3月で打ち切られる予定です。
避難指示解除への積極的姿勢、そして帰村を後押しする施策。
飯舘村行政には、帰村した村民の未来が描けているのでしょうか。

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冬に姿を消してしまった猫「ヒメ」ちゃん宅。
気配なし。

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「チーズ」の家へ。
前回、短い散歩になってしまったので、この日は長目にと思いながら参上しました。

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避難指示解除まで3週間、しかし村内には放射性廃棄物の入ったフレコンバックの山がいたるところに。この状況で人が住まうのは、世界の人々には奇異に写るだろうと感じます。

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今日はゆっくり散歩しよう。
言葉が通じたのか、いつもはあまり目を合わせてこないチーズが何度も目を見てきます。
暖かくて気持ちいいね。

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チーズの先導でたどり着いたのは高校のグランド。
かつて文明が存在していた惑星に迷い込んだかのようでした。

除染で、校舎は洗われ校庭の土は入れ替えられました。
しかし、0.4~0.5マイクロシーベルト毎時の放射線量です。
これは原発事故前の4~8倍ほどに当たり、法律で決められた年間被曝限度1ミリシーベルトを上回ります。
今、飯舘村に残る放射性物質の多くは半減期30年のセシウム137です。
この先、再除染や新たに未除染の裏山が除染されない限り、放射線量が大きく下がることはありません。

避難指示解除の先には、もちろん学校再開があります。
幼稚園と小中学校は平成30年にも再開される予定です。
しかし、多数の親御さんが、再開時期の延期を望んでいます。

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そして、「花卉農家」さんへ。
今回の飯館村訪問で、会いたかったのはこちらのご主人です。

2014年の3月11日に、一時帰宅されたご主人に偶然お会いしました。
「村に戻ってきた時に元通りの生活ができるように、他の村民が希望を持てるように、避難先で事業を再開した。しかし収支は厳しい」。
当時はまだ避難指示解除の目処が立っていませんでした。
先行き不透明な中、未来への一歩を踏み出されたもののご苦労が絶えない様子でした。

今年のお正月、花の栽培用の新しいハウスや作業場の整備が進んでいるのを目にしました。
避難指示解除を目前にして、ご主人はどうしているのかと気になっていました。

 

訪ねていくと、僕のことを覚えていてくれました。

「ほとんど避難前と同じ暮らしを取り戻している」
「100歳になるお母さんは、やっぱりここがいいと喜んでいる」
「畑だった土地をメガソーラーに貸したので、農作業の負担が減った」
「村からハウスを借りて、トルコキキョウの苗をもう育てている。7月頃には出荷できる」
「避難先ではじめたカスミソウは、東京の市場でよい評価をもらった。村でもご近所何軒かと一緒にカスミソウを育てる。こっちは5月頃には出荷する」
「好きな仕事をして暮らせるのがうれしい」
「花の栽培で自分がうまくいったら、みんなにこうやればいいんだって思って欲しい」

ご主人の明るい表情が印象的でした。

福島産のお米や野菜は、たとえ放射性物質未検出であっても、市場での競争力があるとは言えません。マイナスイメージの払拭は容易ではありません。
ならば、別の道で生活の再建を目指す。
ご主人の笑顔が、僕には飯舘村復活の希望に見えました。

20年の契約でメガソーラー施設に貸した土地からも、毎月収入が得られるそうです。
この仕組を考えた方は、素晴らしいと思います。
20年後には、村に降り注いだ放射能はだいぶ減っています。
住人の被曝と不安、農作物の安全と安心、世の中の目、何もかもが変るには時間が必要なのだと思います。放射能災害の被害の根深さを改めて感じます。

 

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話をしていると、「ヒゲ」ちゃんがやってきました。

「ヒゲは、家族だって自分のことを思ってくれているみたいだ。窓を開けておくと入ってきてコタツで寝ている」
へー、警戒心の強いヒゲちゃんがね!
兄弟の「アカ」も元気にしているそうです。

 

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カスミソウハウス。

 

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トルコキキョウハウス。

 

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トルコキキョウの赤ちゃん。
7月頃にはきぼうの花を咲かせます。
花の季節にご主人の写真を撮らせてもらいたいなと思っています。

 

2012年から飯館村を度々訪れていますが、これまでで最高の笑顔と出会え、うれしさがこみあげてきました。

 

『17/3/11 飯舘村犬猫レポート3 マメの家』へつづく

17/3/11 飯舘村犬猫レポート1 おんなじ

神様の差配に異議を申し上げたいです。

「そんなに好きなの?」ってくらい、猫って飼い主が好きですよね。
「さくら」も「すず」もおんなじだろうし。

「みさとに本当の家族ができるまでもう少し」。
旅立つたった2日前に記されたのは、彼女らしからぬ短文。
きつかっただろうに、そんな根性見せなくてもいいのに。

彼女の旅立ちは、いくらなんでも早すぎるし、
彼女がこっちにいちゃいけない理由もわかりません。

疎遠にしていたので心構えもなく、うまく受けとめられないです。
Izumiさんへの言葉があまり浮かばないのですが、また会いたかったです。
またいつかギャラリー・エフの蔵に飯舘村の犬猫たちの写真を飾れたらと思います。
Call my nameを、ありがとう。

Izumiさんのはじめた活動は、これからも続けられていくそうです。
被災地に生まれた命が、ひとつでも多く家族を名前を得られますように。
浅草・銀次親分日記

なお、4月9日(日)にギャラリー・エフ浅草で、
『福島の猫の譲渡会』が開催されるそうです。
詳細は下記にてご確認ください。
第八回 福島の猫の譲渡会 参加猫のご紹介。その1。

 

 

あの日から6年目の3.11、原発事故被災地の福島県飯舘村(いいたてむら)に行ってきました。
2017年3月末の避難指示解除(一部地域を除く)を前に、僕には会いたい人、そして見ておかなければならない場所がありました。

 

朝一番は、北部の須萱(すがや)地区へ。
凛とした空気はなく、季節の移ろいの足音が聞こえてくるようでした。
寒さに消えた猫たちは数知れず、飯舘村に足を運ぶようになってから、あたたかな季節の到来を一層待ち遠しく感じるようになりました。

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かつて、この地区では犬猫合わせて5ヶ所の訪問が常でした。
この日は2ヶ所の猫の餌場にフードを補充。猫には会えませんでした。

犬猫の死亡や保護、建物の解体や住民の意向、住民の長期宿泊により、村内の巡回ポイントは減少傾向にあります。
※2016年7月1日から帰村に向けて住民の長期宿泊が認められました。対象1770世帯5917人のうち、170世帯ほどが長期宿泊しています。

飯舘村は、3月31日に避難指示解除となりました。
しかし、帰村する村民は10~15%程度ではないかと、先に避難解除になった市町村の状況から推測されます。
村に暮らす犬猫の状況は、避難解除後も当面大きくは変わらず、ボランティアによる給餌や猫の保護活動はまだ必要なのだろうと感じます。

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佐須地区には、私が飯舘村に通い始めた2012年から訪れているお宅があります。
当初4頭いた犬のうち、2頭が亡くなりました。
除染で風景は様変わり、しかし残る2頭が人の姿を見てはしゃぐのは変わりません。
気づけばはじめて会ってから5年か・・・・・・
よくがんばってるなと思います。

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たまにしか会わない僕にさえ、この笑顔。
彼らが人をどれほど待望しているか伝わってきます。
当たり前にご飯を食べ散歩してもらい、時にはわがままをしてみたり、そんな愛すべき家族と、彼らもおんなじ命です。

人が住んではいけない土地に、当たり前のように犬猫が置かれ続けたのは、僕にはとてもおかしなことに見えます。

 

飼い主が連れて行ったり、保護されたり、姿を消したり・・・・・・
数を減らしたものの、猫たちもまたこの地で生きています。

方々から猫が。
はじめて会った頃よりも、猫たちは人なつっこくなっています。
多くのボランティアが、かわるがわる猫にご飯を運び続け、猫たちは少しずつ人との距離を縮めてくれました。

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しばらく猫たちと過ごしていました。

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薄汚れていても、中身は私たちの家族である猫とおんなじです。
原発事故の影響で数多の犬猫をはじめとした動物たちも、命を、当たり前の暮らしを奪われたことを、3.11に改めて胸に刻み直しました。
そしてまだ、当たり前の暮らしが消えた世界はつづいています。

 

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猫たちは不遇を嘆いだりしません。
彼らはとにかく生きているのだと思います。
しかし、極寒に、時には空腹にも耐えなければなりません。
野生動物に命を奪われる危険とも背中合わせです。
ちょっとした病気が命取りになるかもしれません。

僕の飼い猫の油断に満ちたまん丸の目と、飯舘村に暮らす猫の険しさを残した目。
彼らの置かれた状況の違いがあらわれています。

家には飯舘村で生まれた猫が4匹います。
何匹かの猫を保護して、譲渡しました。
そして、人との暮らしが、猫にとって最上の幸せだろうと、僕は考えるようになりました。
まだまだ現地には人の手を必要とする命が生きています。
今の僕にできることは少ないのですが、彼らの力となれるよう努力します。

 

『17/3/11 飯舘村犬猫レポート2 きぼうの花』へつづく